ななころび

起き上がってやりましょう

自分づくり

こんばんは。白猫です。

 今日は高校の友人と、自分を作るということについて話しました。

 

 きっと誰しも、学校や会社で自分を作って生活している。

 

それはけして悪いことではなく、社会に自分の存在を認めてもらうために必要なことのひとつだと私は思います。

 

そして、無理矢理に作った自分でなければ、それは偽者なんかじゃなく素の自分だと思うんです。

偉そうなこと言っていますが、こう思うようになったのも結構最近のことなんです。

 

友人曰く、学校とは不思議なもので、「自分を良く認識してもらえるように作ろう」という意識は全くないのに、自宅にいるときとは違う自分にいつの間にかなっているそうです。……確かに。

 

中学生のときには、「また良い子ぶってしまったかな」と落ち込んでしまいました。

 

しかし、好きな子に好かれたいのも、助けたいのも、それを行動に移すのも。誰にも強制されない自分自身の意思です。身体が勝手に動くんです。

 

そして以前話した「言葉」と同じく、なりたい自分。理想の自分に近づけるなら、意識して生活したいです。

意識して続ければ、それが習慣になるかもしれないでしょう?

 

これらは、中学時代の私に伝えたいことのひとつになりました。